あなた達は再びあの路地へ戻った。
しかし、今度はもっと奥へと進んでいく。

先ほどのダイナモの男性が、煙草をふかして待ち構えていた。

  • 男性
    おう。

男性は工房らしき建物の扉を開け、顎で中を指しながら言った。

  • 男性
    入れよ。

騎士見習いが進んで中へ入ってゆく。
あなたもついてゆくと、工業オイルの匂いがつんと鼻を刺激した。
中にはおびただしい程の機械部品やコードが散らばり、
そして壁際の小さなベットに、女性が横たわっていた。

  • 女性
    ……ありがとう……
    さっき……
  • 騎士見習い
    ……えっ?
  • 女性
    パンをくれたでしょう。
    私、きっと怖がらせたのに。
  • 騎士見習い
    パン……?
  • 男性
    あーーーー……。

男性は煙草を落とし、靴底で踏み消しながら頭を掻いた。

  • 男性
    そいつはさっきの半機械で……
    そう……機械騎士なんだ。
    つい一時間ほど前、フルアーツになりたてのな。
  • 男性
    言ったろ、整備が終わってないって。
    さっき終わって、ようやくさっき起こった事の顛末を聞けた。
  • 機械騎士
    この人は騎士団の機械技師なの。
    もう何日も飲まず食わずで整備に取り掛かってくれていて……
    このままじゃ倒れてしまうと思ったから、
    私食べ物を買いに行こうとしたんだけど……。
  • 機械技師
    バカヤロウが。
    あんな姿で広場(スクエア)に出ようとしやがってよ。
    俺がどんなに焦ったと思ってやがる。
    全部おしゃかになるとこだったんだぞ。
  • 機械騎士
    そうね、ふふ……ごめんなさい。
    記憶データも移行中だったから、ほとんど無意識だったわ。
  • 機械技師
    へえ、さっきのはエラーって訳かよ。
    俺の不備か?
  • 機械騎士
    違うわよ、ばかね。
    解ってるでしょう、そんな無意識下の中でもあなたが心配になるくらい
    多くのメモリを占めてたって事くらい。
  • 機械技師
    ふん。
  • 騎士見習い
    ええと……
    このお姉さんが、さっきの半機械って……
    信じられないんだけど……
    この短時間で何をやったの?
  • 機械技師
    あの状態から作り上げたわけじゃない。
    素体(ボディ)はもう出来てたから、あとは移行するだけだったんだ。
    移行中は意識を起こしてやらなきゃいけなくてな。
    それでしくった。
    さっきの半機械……つまりこいつの元の体は工房の奥にあるぜ。
    この後葬りに行く。
  • 機械騎士
    焼却炉でいいわよ。
    あなたは寝なくちゃ。
  • 機械技師
    うるせーよ。
    そんな事出来るか。

騎士見習いとあなたは目を合わせる。
騎士見習いは少し気まずそうだ。

  • 騎士見習い
    ……えっと……。
    さっき小さい機械からあなたの声がしたんですけど……
    パンをあげたから、助けてくれたってことですか?
  • 機械技師
    ああ。
    と言うより、まあ、詫びというか、なんだ……。
  • 機械技師
    悪かった。

    デモも騒がしいし、こいつのセットアップが失敗したらと殺気立ってたんだ。
    お前らが騎士だったって事も解らなかったしな。
  • 騎士見習い
    ボク達正式には騎士じゃなくて、まだ見習いなんです。
    あの小さい機械は、きっと壊されてしまったと思うんですけど……。
  • 機械技師
    それで良いんだ。あれは鬱憤ばらし用のダミーだから。
    録画機能なんかはじめからついちゃいねえよ。
  • 騎士見習い
    鬱憤ばらし……って?
    ……えっと、技師さんはあのデモの事に詳しいんですか?
  • 機械技師
    元は反貴族派の革命運動みたいなものだが、最近はわけわからなくなってるな。
    俺が思うに、ヴルズアのプロパガンダなんかも混じり始めてる。
  • 騎士見習い
    プロパガンダ……。
  • 機械技師
    騎士ばっかり良い暮らししやがって、みたいなこと言われただろ?
  • 騎士見習い
    はい。
    ……そりゃ、無職だった頃に比べればお給料も貰えてますけど。
    そんな、贅沢三昧してる訳では……。
  • 機械技師
    うん、解ってるよ。俺もそんなもんだし。
    ……でも、そもそも戦争する理由の一つに金も絡んでる事はたしかだ。
    兵器開発には金も資源も使う。
    いい暮らししてるかどうかは解らんが、鬱憤が溜まるのもわかるよ。
  • 騎士見習い
    戦争なんかするからお金がなくなるんじゃないですか?
  • 機械技師
    一理ある。
    だが、負ければもっとなくなる。これも事実だ。
    ……金だけじゃない、戦争となりゃ、もっと大事なもんをとっくに賭けてんだ。
    騎士を志してたくらいだ、知らなかった訳じゃないだろ?
  • 騎士見習い
    それは……もちろん。
    ……でも、納得がいかなくて……。
  • 機械技師
    その納得のいかなさこそ、デモの連中が抱えてるもんだ。
    理不尽に声を上げるのは良い。
    だが、目的と手段がすり替わったらな、
    待ってる未来は敵も味方もねぇ地獄みたいな紛争だぞ。
  • 騎士見習い
    …………。
  • 機械技師
    俺がお前を助けた理由はもう一つある。
    騎士団の仲間だからだ。
    一度腹を括って技師になったんだ、団結しなくてどうする。
  • 機械騎士
    そのくらいにしてあげて。
    その子達はまだ正式に騎士じゃないんでしょう?
    ……何も知らないままでもいいという自由があるわ。
  • 機械技師
    …………。

何が正しくて、何が間違っているのか……
ただ一つわかるのは、そう簡単に白黒つけられるような事ではなさそうだという事だ。

  • 騎士見習い
    ボクは……
    何も知らないまま騎士になるのを諦めて、のうのうと暮らすのは嫌です。
    だけど、何も知らないまま戦うのも同じくらい嫌です。
  • 機械技師
    …………。
  • 機械騎士
    …………。
  • 機械技師
    アンタは敵国が悪者ならいいと、そう思ってるんだろうな
    何かを守る為、正義の剣を振りかざしたいと。
  • 騎士見習い
    そんな……。
  • 機械技師
    敵国の戦士にも家族や恋人が居ると知った途端、情けを掛けるか?
    はじめから解りきっていたことなのに?
  • 騎士見習い
    そんなの、なってみないとわかりません。
  • 機械技師
    いいや、なる前に終わらせておくべき課題だ。
    見習い期間はそのためにあると思え。
    後から軸がぶれるくらいなら
    そこにあるのは対等な命のやり取りだけだと割り切っちまえ。
    殺される覚悟を持って、敵を殺しに行くのだと。
  • 機械技師
    ……知らないことなんて、いくらでもある。
    知れば知るほど、知らないことが増えていくよ。
    もしかすれば、誰も何も知らないんじゃねえかな。
    法王様にさえ、わからないんじゃねえかな。
  • 騎士見習い
    …………じゃあ、何があなたを突き動かしているんですか?
  • 機械技師
    どのみち誰かが手を汚すんなら、俺達がやる。
    大切なものを守る為なら、地獄に落ちるよ。
    コイツと一緒に。
  • 機械騎士
    …………。

機械騎士の女性は、その言葉を聞くと目を瞑って微笑んだ。

  • 騎士見習い
    あのデモの人たちは……
    どうすれば幸せになると思いますか?
  • 機械技師
    好きにさせとけばいいんじゃねえか。
  • 騎士見習い
    えっ……
    でも、彼らは騎士団の維持に反対しているんですよね?
  • 機械技師
    思うに、しばらくすりゃ熱りも冷めると思う。
    定期的にぶり返してるだろ?あれもサイクルの一つなんだよ。
  • 機械技師
    それでも騎士団や大聖堂がなくなる事になるのなら……
    それでもいいと思ってる。
  • 騎士見習い
    …………

騎士団がなくなってもいい……
その言葉の真意を、騎士見習いは尋ねられないでいるようだった。

  • 機械技師
    少し喋りすぎたかな。
    また来いよ、お前、多分騎士になるだろうし。
  • 機械技師
    お前もな。

機械技師の男性は、あなたにも目を向けてそう言った。

先程、彼は機械騎士の女性の元の体を葬りに行くと言っていた。
……そろそろ、二人にしてあげたほうがいいのかもしれない。

  • 機械技師
    ……ありがとうな。
    半機械の姿だったコイツに、優しくしてくれて。
  • 機械技師
    ……よし、運ぶか。
  • 機械騎士
    …………ねえ。
  • 機械技師
    ……ん?
  • 機械騎士
    …………あなた、言わなかったわね。
    帝国を恨んでいること…………。
  • 機械技師
    ……逆効果だろ。
    俺みたいな生い立ちの人間ばかりじゃないさ。
  • 機械騎士
    また会えると思う?
  • 機械技師
    たぶんな。