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- ボツイントロ5
先ほどのダイナモの男性が、煙草をふかして待ち構えていた。
- 男性おう。
男性は工房らしき建物の扉を開け、顎で中を指しながら言った。
- 男性入れよ。
騎士見習いが進んで中へ入ってゆく。
あなたもついてゆくと、工業オイルの匂いがつんと鼻を刺激した。
中にはおびただしい程の機械部品やコードが散らばり、
そして壁際の小さなベットに、女性が横たわっていた。
- 女性……ありがとう……
さっき……
- 騎士見習い……えっ?
- 女性パンをくれたでしょう。
私、きっと怖がらせたのに。
- 騎士見習いパン……?
- 男性あーーーー……。
男性は煙草を落とし、靴底で踏み消しながら頭を掻いた。
- 男性言ったろ、整備が終わってないって。
さっき終わって、ようやくさっき起こった事の顛末を聞けた。
- 機械騎士この人は騎士団の機械技師なの。
もう何日も飲まず食わずで整備に取り掛かってくれていて……
このままじゃ倒れてしまうと思ったから、
私食べ物を買いに行こうとしたんだけど……。
- 機械技師バカヤロウが。
あんな姿で広場に出ようとしやがってよ。
俺がどんなに焦ったと思ってやがる。
全部おしゃかになるとこだったんだぞ。
- 機械騎士そうね、ふふ……ごめんなさい。
記憶データも移行中だったから、ほとんど無意識だったわ。
- 機械技師へえ、さっきのはエラーって訳かよ。
俺の不備か?
- 機械騎士違うわよ、ばかね。
解ってるでしょう、そんな無意識下の中でもあなたが心配になるくらい
多くのメモリを占めてたって事くらい。
- 機械技師ふん。
- 騎士見習いええと……
このお姉さんが、さっきの半機械って……
信じられないんだけど……
この短時間で何をやったの?
- 機械技師あの状態から作り上げたわけじゃない。
素体はもう出来てたから、あとは移行するだけだったんだ。
移行中は意識を起こしてやらなきゃいけなくてな。
それでしくった。
さっきの半機械……つまりこいつの元の体は工房の奥にあるぜ。
この後葬りに行く。
- 機械騎士焼却炉でいいわよ。
あなたは寝なくちゃ。
- 機械技師うるせーよ。
そんな事出来るか。
騎士見習いとあなたは目を合わせる。
騎士見習いは少し気まずそうだ。
- 騎士見習い……えっと……。
さっき小さい機械からあなたの声がしたんですけど……
パンをあげたから、助けてくれたってことですか?
- 機械技師ああ。
と言うより、まあ、詫びというか、なんだ……。
- 機械技師悪かった。
デモも騒がしいし、こいつのセットアップが失敗したらと殺気立ってたんだ。
お前らが騎士だったって事も解らなかったしな。
- 騎士見習いボク達正式には騎士じゃなくて、まだ見習いなんです。
あの小さい機械は、きっと壊されてしまったと思うんですけど……。
- 機械技師それで良いんだ。あれは鬱憤ばらし用のダミーだから。
録画機能なんかはじめからついちゃいねえよ。
- 騎士見習い鬱憤ばらし……って?
……えっと、技師さんはあのデモの事に詳しいんですか?
- 機械技師元は反貴族派の革命運動みたいなものだが、最近はわけわからなくなってるな。
俺が思うに、ヴルズアのプロパガンダなんかも混じり始めてる。
- 騎士見習いプロパガンダ……。
- 機械技師騎士ばっかり良い暮らししやがって、みたいなこと言われただろ?
- 騎士見習いはい。
……そりゃ、無職だった頃に比べればお給料も貰えてますけど。
そんな、贅沢三昧してる訳では……。
- 機械技師うん、解ってるよ。俺もそんなもんだし。
……でも、そもそも戦争する理由の一つに金も絡んでる事はたしかだ。
兵器開発には金も資源も使う。
いい暮らししてるかどうかは解らんが、鬱憤が溜まるのもわかるよ。
- 騎士見習い戦争なんかするからお金がなくなるんじゃないですか?
- 機械技師一理ある。
だが、負ければもっとなくなる。これも事実だ。
……金だけじゃない、戦争となりゃ、もっと大事なもんをとっくに賭けてんだ。
騎士を志してたくらいだ、知らなかった訳じゃないだろ?
- 騎士見習いそれは……もちろん。
……でも、納得がいかなくて……。
- 機械技師その納得のいかなさこそ、デモの連中が抱えてるもんだ。
理不尽に声を上げるのは良い。
だが、目的と手段がすり替わったらな、
待ってる未来は敵も味方もねぇ地獄みたいな紛争だぞ。
- 騎士見習い…………。
- 機械技師俺がお前を助けた理由はもう一つある。
騎士団の仲間だからだ。
一度腹を括って技師になったんだ、団結しなくてどうする。
- 機械騎士そのくらいにしてあげて。
その子達はまだ正式に騎士じゃないんでしょう?
……何も知らないままでもいいという自由があるわ。
- 機械技師…………。
何が正しくて、何が間違っているのか……
ただ一つわかるのは、そう簡単に白黒つけられるような事ではなさそうだという事だ。
- 騎士見習いボクは……
何も知らないまま騎士になるのを諦めて、のうのうと暮らすのは嫌です。
だけど、何も知らないまま戦うのも同じくらい嫌です。
- 機械技師…………。
- 機械騎士…………。
- 機械技師アンタは敵国が悪者ならいいと、そう思ってるんだろうな
何かを守る為、正義の剣を振りかざしたいと。
- 騎士見習いそんな……。
- 機械技師敵国の戦士にも家族や恋人が居ると知った途端、情けを掛けるか?
はじめから解りきっていたことなのに?
- 騎士見習いそんなの、なってみないとわかりません。
- 機械技師いいや、なる前に終わらせておくべき課題だ。
見習い期間はそのためにあると思え。
後から軸がぶれるくらいなら
そこにあるのは対等な命のやり取りだけだと割り切っちまえ。
殺される覚悟を持って、敵を殺しに行くのだと。
- 機械技師……知らないことなんて、いくらでもある。
知れば知るほど、知らないことが増えていくよ。
もしかすれば、誰も何も知らないんじゃねえかな。
法王様にさえ、わからないんじゃねえかな。
- 騎士見習い…………じゃあ、何があなたを突き動かしているんですか?
- 機械技師どのみち誰かが手を汚すんなら、俺達がやる。
大切なものを守る為なら、地獄に落ちるよ。
コイツと一緒に。
- 機械騎士…………。
機械騎士の女性は、その言葉を聞くと目を瞑って微笑んだ。
- 騎士見習いあのデモの人たちは……
どうすれば幸せになると思いますか?
- 機械技師好きにさせとけばいいんじゃねえか。
- 騎士見習いえっ……
でも、彼らは騎士団の維持に反対しているんですよね?
- 機械技師思うに、しばらくすりゃ熱りも冷めると思う。
定期的にぶり返してるだろ?あれもサイクルの一つなんだよ。
- 機械技師それでも騎士団や大聖堂がなくなる事になるのなら……
それでもいいと思ってる。
- 騎士見習い…………
騎士団がなくなってもいい……
その言葉の真意を、騎士見習いは尋ねられないでいるようだった。
- 機械技師少し喋りすぎたかな。
また来いよ、お前、多分騎士になるだろうし。
- 機械技師お前もな。
機械技師の男性は、あなたにも目を向けてそう言った。
先程、彼は機械騎士の女性の元の体を葬りに行くと言っていた。
……そろそろ、二人にしてあげたほうがいいのかもしれない。
- 機械技師……ありがとうな。
半機械の姿だったコイツに、優しくしてくれて。
- 機械技師……よし、運ぶか。
- 機械騎士…………ねえ。
- 機械技師……ん?
- 機械騎士…………あなた、言わなかったわね。
帝国を恨んでいること…………。
- 機械技師……逆効果だろ。
俺みたいな生い立ちの人間ばかりじゃないさ。
- 機械騎士また会えると思う?
- 機械技師たぶんな。