帰りたい。

あなたは男に、そう告げた。

  • ???
    そうか。じゃあ、いいこと教えてやる。
    毎琳は知っての通り商人の街だ。阿漕な連中も沢山いる。
    ……戉寒から逃げようとしている軍人を違法に手引きしてる船があるんだ。
    人ひとりの命を左右できるかもしれない程度の大金を要求されるがな……
    ま、向こうも命がけだからもっともなことだ。
    貴族なら、容易く払う事のできる額だろう。
  • ???
    そうじゃねえなら……
    ここの金を盗んででも生き延びるかい?
    船頭のあれをしゃぶってでも?
    方法はいくらでもあるんだぜ。追い詰められてる時ゃ、気が付かないもんだがな。

男はいつの間にか、見たこともないような道を通りながらあなたを先導していた。
もしかすれば、助けようとしてくれているのかもしれない……。

  • ???
    なあ、あんたも自分で進んで此処に来たんだろ?
    だったら、自分の足で出ていく事だって出来るはずだ。
    俺はもう、こんな寒くて暗いところの便所で首を吊る誰かを見たくはないのよ。

人気のない貯蔵庫に至ると、男は窓を開けてその眼下に広がる銀世界を指差した。

  • ???
    今日は今期の士官見習いの訓練の節目だから、斉山の連中も忙しい。
    いいか、ここを出たら南東へ逃げろ。
    南西は駄目だ。深島と諸島の間を通っていくのは正規ルートだからな。
    南東の海には渦潮があって、毎琳へ逃げるにゃ危険すぎるんだ。
    だからこそ見つかりにくい。
  • ???
    亡命に加担する違法な船は、殆どが海の魔術師だ。
    運がよけりゃ、生きて帰れる。

男はあなたの顔をじっと見つめ、そして頭を掻きながら背を向けた。

  • ???
    もしかしてどうして俺が亡命の手引なんかするのか、
    訓練に行かなくていいのかって思ってるか?
  • ???
    ……行く必要、ないんだよ。
    もう。

それは、意味深な響きだった。
あなたはふと、男から目を逸らす。
そして再び顔を向けたその時には、男はもう居なかった。

最後の訓練開始のベルが鳴る。
もし、あなたが南東へと逃れる事が出来た時には……

あなたはひっそりと生き続けるのだろう。
その名が歴史の一ページを飾る事は決してなく、


ひっそり、

ひっそりと。